邂逅

釣りが出ないように一円玉を財布から取り出したり、ゴミ入れにスーパーの袋をセットしたりと、男の美学はどこへやら、いつのまにかすっかり所帯じみてしまったのは、どこのどいつでもない俺様だ。缶コーヒーやカップ麺をコンビニよりずいぶん安く買えることを知ってからは、近所のドラッグ・ストアへの週一通いも始まった。さすがにポイントカードをつくることは断っているけれど。
さて、午前中ずっと鳥肌が立ちっぱなしというあまりの寒さにラーメンを食べにいったその帰り、そのドラッグ・ストアの駐車場で出合ったのだ、その子に。(別に倒置法をつかうほどのことでもないのだが)
車から降りようとしたときにちょうど店から出てきた女の子というのが、今朝読み終えた『幻夜』の主人公のような実に妖艶な顔立ちをした女子高生で、短いスカートからはきれいな脚が伸びている。この寒空の下何たる潔さよ。ドアに手をかけたまま、思わずその顔に見入ってしまったのだが、驚いたことに当方の視線をとらえた彼女、微笑みながらこちらに会釈をする。もしかしたら自分の後方にいる人物に対してのものかもしれないぞ、そうだったらえらく恥ずかしいぞとどぎまぎしながら曖昧に頭を下げ、ドアを閉めるときにそれとなく後ろをうかがうと、やはりあの微笑みは自分に向けられたもので間違いはなかった。キーロックを確認するふりをしながら、急いで頭を回転させるが心当たりはない。
「お世話になってます。こんなに大きくなりました。」との声に頭を上げると、いつの間にか自分たちの車の前に移動していた女の子とその母親とおぼしき女性がこちらに頭を下げている。もちろん声をかけたのはお母さんの方だ。そのときにお母さんの顔をしっかりと見ていればよかったのだが、はあと頭を下げながらいったいどこのお嬢さんであったかを思い出そうと、その子の顔ばかりを見続けてしまっていて、あげくの果ては「びっくりしたよ」とある意味そのままのまぬけな言葉しかかけられずに、別れたのであった。そして、脚をジロジロ見なくてよかったなと、実に中年男らしいことを思ったのであった。
お世話になっていますという現在進行形の語尾から判断して、一人心あたりがあることはあるのだが、自分の知っている中三の頃の彼女は、必要最小限のことを囁くような声でしか話さない、他者との距離にとても気をつかうおとなしい女の子で、確かに顔立ちは綺麗であったがあまりにもイメージが違いすぎる。それとも自信が彼女をそうさせたのか。十代の女の子にとっては、3年間というのは変身するのに十分な時間だしな。自分はここ15年くらい何も進歩がないけど。